尊敬するシェフがレストラン時代使っていた食後用の珈琲は、京都の老舗珈琲店のオリジナルブレンドで、特別に調整して貰った珈琲メーカーで淹れていた由。その珈琲店は京都で初めてサイフォンで立てた珈琲を出したことでも知られている。昭和の香のする、くっきりとした味に特徴がある。
珈琲 と一口に言っても、ペーパーやネルでのハンドドリップ、フレンチプレス、サイフォン、コーヒーメーカー等、淹れ方はさまざまある。素人ながらカフェを始める以上、当然一杯一杯ハンドドリップだろうと、漠然と思いこんでいたが、ここにきてあらためてリサーチ。ハンドドリップは手軽ながら豆本来の味がストレートに出る。一方、その時その時で味にムラが出やすいという欠点もある。
最善の味覚をめざし努力することは当然ながら、営業上は、安定、維持、継続という点も重要になる。
そもそも私が珈琲に初めて目覚めたのは、今を去ること○十年前の上海留学時代だった。
それまでは紅茶党で、自宅でも紅茶日本茶を飲むことが圧倒的に多かった。珈琲に対してそれほどのこだわりも無かったと記憶する。それが留学時代に一変した。第一に、水が違う。水が違うとお茶も珈琲も全く味が変わることを身をもって知った。第二に、中国茶を知った。中国茶と一口に言ってもこれまた奥深く、様々な種類の茶葉、様々な飲み方がある。第三に、中国茶を知ることで日本茶のおいしさを再発見した。が、いかんせん中国の水にはあまりあわない。中国の水にはやはり中国の茶葉があう。折角中国にいるのであるから当然のこととして中国のお茶に親しむようになった。景徳鎮の螢焼きや龍泉などを好んで求めたことも懐かしい。しかし、第四に、そうしたお茶攻めの反動か(あるいは偶々だったのか)、珈琲を愛飲する留学生仲間がなぜか多かった。珈琲は当時の学生の間では、いや中国では、貴重品だった。文字通り「とっておき」のもの。お茶が日常なら珈琲は特別な嗜みだった。その珈琲を下手に淹れるわけにはいかない。というわけで、私も遅まきながら初めて真剣に自ら珈琲を淹れることを覚えた。エスプレッソマシンを覚えたのもこの時だった。(↓まあ、こんなタイプの。)
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貴重品である珈琲を、大切に、大事に、淹れて、親しい仲間うちだけで分け合い、味わうひとときは、少々優越感も混じった、まさにほろ苦い密かな愉しみの時間だった。
ところが美味しいものが氾濫する日本に帰国したとたん、珈琲の一杯は、たかが珈琲の一杯、になり下がってしまった。多忙な日常の中で珈琲のオーラは完全に消えた。
結婚相手は珈琲中毒だった(一度、四旬節の小斎の期間に珈琲の禁欲を自らに課して七転八倒していたことがあった)けれど、味の方はさほど五月蠅くはなかった(本当に不味い珈琲を出されて激怒するようなこともなく、そこそこ美味しい珈琲だけを嗜んで鷹揚に育ったためだろう)。その頃、私はエスプレッソを好んだが、彼はむしろアメリカンで量を飲むタイプだった。私もいつの間にかエスプレッソから遠ざかった。そうしていつの間にか子どもと一緒に楽しめる紅茶を贔屓するようになっていた。主人は今でも珈琲を飲まない日はないほどの珈琲好きだけれど、依然鷹揚でこだわりは特にない。(とはいえ某国に出張した折には珈琲の余りの不味さに閉口して帰って来たが。)
というわけで、今般、久々、改めて、珈琲について勉強することにした次第。なんだか我が青春時代と再会するような嬉しさと恥ずかしさ。
しかし、まず驚いたのが、若かりし頃とは隔世の感のエスプレッソマシンの進化だ。こんなの昔は無かった。
「ネスプレッソとか、今は色々出てますから」
と、シェフにマシン活用を示唆されて蒙?が啓かれる。いやしくもカフェで「ネスプレッソ」使うとか、あり? ま、カフェとはいえ所詮?Cafe-Intellektuellen(笑)。珈琲専門店ではありませんから。
一定水準の安定した味を供給するという観点から、マシンの活用はむしろ積極的に考えるべきでしょう、ということになった。
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それにしてもエスプレッソはやはり魅力的です。たかが珈琲一杯、されど珈琲一杯。できることなら、その一杯にささやかながらも「とっておき」の感覚を愉しめるような、そんな珈琲を供したいものです。
冒頭画像は数年前にアルザスを訪問したおりにフランス紳士から頂戴したエスプレッソカップ。ご存知、ギュスタフ・クリムトの絢爛たる「接吻」