偶々眺めていた昭和3年の雑誌『女性』に「カフエー雑話」なる特集があった。
執筆者は近藤經一、中村武羅夫、渡邊均、佐藤惣之助、酒井眞人、吉井勇。カフェをめぐり其々思い思いのエッセイを書いている。
日本の社会史でカフェというと、一般に1920年代前半くらいまでの大正デモクラシーのイメージが強いかもしれないが、むしろ1930年代昭和初年にかけて大きなブームがあったことが、これらのエッセイからもうかがい知れる。
さて、日本におけるカフェの嚆矢は、1888年東京下谷で開業した「可否茶館」。しかし4年後には閉鎖されてしまう。日本社会でのカフェの本格的登場は1911年3月、銀座のカフエー・プランタン(café printemps)を待つことになる(『コーヒー検定教本』2003)。
プランタンは、洋画家の松山省三が東京美術学校時代に師・黒田清輝から聞かされたパリのカフェをイメージして開いた。プランタンの命名は小山内薫。岸田劉生はじめとする画家や、作家の鴎外、荷風、潤一郎、歌舞伎役者の市川左團次など、当代文化人が会員となった。カフエー・プランタンはまさに文化人のインテリ・カフェであり、一般のお客には敷居の高い店だったらしい。
ところが、震災後から昭和にかけて、カフェは大きく様変わりしていく。
急激に数が増加するとともに、女給めあてに通うような別のスタイルへと変化していく。この時期のカフェのありさまを活写したのが、放蕩クリスチャン・ジャーナリストの村嶋帰之だ。
試みに都会の街頭に立つてごらんなさい。まづ、あなたの眼を射るものは、強烈なネオン・ガスの光です。全面を苺色に塗つた女の唇です。耳に入るのは、狂はしげなジヤズの急速度な音です
カフェー考現学 (大正・昭和の風俗批評と社会探訪―村嶋帰之著作選集)
- 作者: 津金沢聡広,土屋礼子
- 出版社/メーカー: 柏書房
- 発売日: 2004/10/01
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ちなみに、私が解説を書かせて頂いたのは同シリーズの4巻。
『売買春と女性 (大正・昭和の風俗批評と社会探訪―村嶋帰之著作選集)』